1999年9月10日金曜日

第31回 どうしても、見たいっ!


 朝晩はめっきり涼しくなってきた。これでようやく、夜ぐっすり眠れる日々が返ってくる。

 わたしが住んでいる部屋は集合住宅、いわゆるマンションの一室だ。東側だけに窓があり、西側は玄関。玄関を開けると通路があり、向かいには別の人が住む部屋がある。ようするに外とつながっているのは東側の窓だけなのだ。

 窓を開けてもほとんど空気は動かず、夏の夜は寝苦しいことこの上ない。しかも真夏には、午前4時すぎから太陽の光が差し込み、部屋の気温はぐんぐん上がり、7時すぎまではとても寝ていられない。

 この部屋との戦いは、なにも夏だけではない。あれは9年前のことだ。
 1990年、ワールドカップ・イタリア大会の全52試合をNHKが基本的に生放送で放映することを発表した。画期的な出来事だった。一瞬飛び上がって喜んだあと、地面にたたきつけられた気分になった。それは衛星放送でのことだったのだ。

 衛星放送を見るためには、そのためのアンテナとチューナーを購入し、しかもアンテナは西向きに立てなければならない。うちには西向きの窓はない。絶望的な気持ちになって、まずはじめにしたことは、NHKに電話をかけることだった。「なぜ、だれでも見れる総合と教育というふたつのチャンネルをもっているのに、そこで放送しないのか。わたしのマンションは150世帯が住んでいるが、その半分は東向きの部屋なので衛星放送を見ることができない。世の中の半分の人が見れないようなことを、あなたたちは平気でやるのか」と、いささか無理のある理屈で抗議した。しかし、同様の電話はかなりあったらしく、冷静な答えが返ってきた。「総合や教育でも何試合かは録画で放送します。集合住宅でも共同のアンテナをつければ、衛星放送を見ることができます」

 やむをえずわたしは強硬手段に出ることにした。屋上に勝手にアンテナをつけてしまおうと考えたのだ。近所の電機屋さんと組んで計画を立てた。計画を成功させるためには、屋上の鍵を持つ管理人さんも巻き込んだ。そして、最後は上の階に住む人たちの許しが必要だった。わたしの部屋は5階建ての2階にある。屋上のアンテナから引いたケーブルは、わたしの部屋にくるまでに5階から3階の部屋のベランダを通過しなければならない。それはけっして見栄えのいいものではなかった。

 わたしは、いかにワールドカップがすばらしいものであるか、4年にいちどの大会をどれほど楽しみにしているかなどなど、一人ひとりに熱心に訴えた。そして、ワールドカップが終わったらただちに撤去することを約束して、許可を得たのだった。
 夢のような寝不足の1カ月はあっという間に過ぎ、アンテナとチューナーは押し入れにしまわれた。

 まもなく、大々的な工事が行われ、わたしのマンションに衛星放送の共同アンテナが立った。1993年Jリーグの開幕とともに圧倒的に増えたサッカー放送を、見たい番組は逃さず堪能することができた。セリエAを見るためにWOWOWにも加入した(WOWOWは同じ衛星放送のアンテナで見ることができる)。先月には、ケーブルテレビの工事が完了し、加入手続きもすませた。それによって、欧州や南米の国の国際Aマッチを見ることができるようになった。なによりケーブルテレビなので、雨などの気象条件の影響を受けない。先日のような激しい雷雨でも画面が乱れることなく楽しめた。ちなみに衛星放送は激しい雷雨の間、まったく画面が映らなかった。

 これで、わたしのテレビのサッカー観戦は鬼に金棒、完璧なはずだった。今シーズンは中田に続き名波もセリエAにデビューし、楽しみも2倍と思っていた。そんな矢先に衝撃的なニュースが飛び込んできた。セリエAすべての試合の放映権がスカイパーフェクTV(スカパー)に移ったというのだ。スカパーを見るためには、独自のアンテナを別につけなければならない。アンテナの方向は南南西だ。

 2年目の中田はどんなプレーを見せるのだろう。名波のデビューは驚きをもって歓迎されたようだが、イタリアのタフなシーズンを無事戦い抜くことができるのだろうか。ふたりにどんな成長があるだろうか。

 どの方角にも窓のある風とおしのよい部屋に引っ越すことしか、わたしの日曜日の夜の楽しみを取り戻す方法はないのだろうか。こんなことを考えて、わたしの眠れぬ日々がまた続いてしまう。